一段上の境地

今日の思いつきコラムは
友人の志賀美春さんのメルマガからの引用です。

オリンピック本当に盛り上がっていますよね。

選手の方々の姿勢を観ているだけで
自分自身も顔晴らないとと思えてきます。

<私の思い>

毎日オリンピックが続いており、寝不足感が否めません。

と言っても、徹底的に観ているわけでもないので
どうも中途半端な気がして、
自分の中で不足感のある今日この頃です。

その中で。
一番注目していた北島康介選手。

100M 5位、200M 4位という結果に終わりました。

三連覇、ということで期待はしていましたので、
残念・・・は間違いないのですが、
感じるものがありました。

思い通りの人生を創り出すのには、心意体術が必要です。

心とは、情熱、感情のことで
全ての行動を創り出す源となるものです。
この部分が弱いと行動に結びつきませんので
結果にもなりません。

意とは、意識、イメージのことで
到達地点の明確な設定のことを言います。

体は、行動であり
物理的結果を生み出すためにすることです。

術は、スキル、技であり、熟練していくものです。

北島康介選手で見ると
もともと心と意は強いものを持っていました。

この部分が圧倒的に強く、眼光や言動にも表れ、
それが他のスイマーたちの憧れや目標にも
なっていたと思います。

オリンピックは、他者との競技においての
優劣を判定するものなので、
自分が相手よりも勝つためには
相手が自分よりも弱いか、ミスしなければ、
勝つことはできません。

自分自身が創り出す価値が人生であるならば
相手が自分よりも弱いか
ミスしてくれなくては得られないもの
それ自体に価値は無いと思います。

前回、前々回のオリンピックに比べて
予選で自己ベストを出しているし、
最後のリレー結果を見ても、「体」と「術」は
衰えているわけではありません。

「心」「意」については
本人と話したわけでもありませんので、
分かりませんが、前回、前々回に劣るとは思えません。

師匠であるレノンリーが言うところの「悟り」は
心意体術のそれぞれが、
最高に高い完成された状態にあり
そして、その4つに差がない(差が取れた)
状態である、と定義しています。

そのことからすると
北島康介選手は、水泳に関して言えば、
もっとも「悟り」に近い状態に達成しており
そろそろ勝ち負けよりも、
己の人生を世界に向けてどう使うか
という一段上の境地での「悟り」を
目指す時期に来たのではないか?

という風に思い、今後に期待したいと思っています。